無愛想だけど意外と面倒見が良く、何より生きるギリシャ彫刻みたいな神様のひいきを多大に感じる顔面の、幼馴染みのスタンリー・スナイダーにはとっておきの使い道がある。
「スタンリー、職場の友達の結婚式一緒に来てもらうことってできる?」
「ああ。できるね」
呼ばれた結婚式への同行。頼むのはもう7度目、いや、8度目だ。
スタンリーほど声をかける相手として最高な人はいない。隣に立っているだけで、「いつ結婚するのか」と度々聞いてくる上司も、「子どもはいいわよ。貴女も早く持ったほうがいいわ」と押しつけがましく勧めてくる面倒な先輩も、スタンリーが神々しい顔面一つで殴ってくれる。しかも無愛想な彼は絶対に余計なことを言わないからボロが出にくい。
ゼノも悪くはないけれど、彼は理系修士以下の学歴の人間を素で見下してくるから軽い挨拶だけのやり取りでも何を言い出すかヒヤヒヤして心臓に悪い。
やっぱりスタンリー・スナイダーが一番だ。
「いっつもありがとう、スタンリー!大好き!」
「ああ。俺も愛してんよ、Honey」
さすが。チャラいことを言ってるのに、いつもと同じ顔だから気持ち悪くならない!
小さい頃は友達と離れてアメリカに引っ越しなんて嫌だってものすごく泣いてゴネて親を困らせてしまったけど、スタンリー(とついでにゼノ)のご近所さんになれて良かった。
「今度パパにカード送ろ!」
「おじさん、誕生日まだ先だろ」
「うん。でも、スタンリーのご近所に引っ越してくれてありがとうって伝えたいの!」
「⋯⋯やんじゃん」
まだ思ってるだけで全然カードは作っていないのに、なぜかスタンリーは褒めてくれた。
「いい結婚式だったねえ。白くて広すぎない可愛い教会。ペールカラーのフラワーシャワー。プリンセスラインのドレス⋯⋯」
「アンタああいうの好きだよね」
「うん、やっぱ憧れちゃうなあ」
結婚式が終わると、いつもウエディングプランナーになりたくなる。あのキラキラとした非日常の空間を作る仕事にはやっぱり憧れる。実際はいろんなことがあって大変なんだろうなと時間が経つごとに現実感を持っちゃうから、私の「ウエディングプランナーになりたい病」は今日もあと数時間で消えてしまうだろうけど、それでも今は夢に浸っていたい。
「あーあ。私もスタンリーが一緒だったらなあ」
なんでも卒なくこなすスタンリーが一緒なら、実際はキツそうなウエディングプランナーの仕事も、勇気を出して挑戦してみるのに。
「本気で言ってんの?」
「8割くらいは⋯⋯、あ、でもやっぱ怖いかも」
真剣なスタンリーの顔に、ウエディングプランナーになりたい病がしおしおと萎んでいく。そうだ、スタンリーがシゴデキなのは本人がストイックだからだ。一緒に仕事をしたら「は?こんなこともできねーの?」ってド詰めされそう。うん、きっとされる。
「やっぱ今のナシ!今日もありがとね、スタンリー!愛してる!」
ちょうど家の前についたのでスタンリーに手を振ったけれど、スタンリーはまだ真剣な顔をしていた。
美形の真顔は怖いので、さっさとおうちに逃げてしまおう。
「⋯⋯愛してんよ、アンタの愛してるよりずっと」
玄関の門の前でスタンリーがそう呟いていたことも、私の部屋の窓にライトが灯るまでスタンリーがずっとそこに立っていたのも、そのときの私はちっとも知らずにいた。
「はえ?何これ?」
日曜日、ゆっくり起きてくるとリビングに見覚えのない雑誌が置かれていた。
the knot。
アメリカ版の結婚情報誌――ゼクシィみたいなやつだ。
「えっ!うち誰か結婚するの!?」
これはゼクシィよりもなんというか、本気だ。本格的に結婚式の段取りを決める段階になったとき、この雑誌を見るとすごく参考になるらしい。
いくつかふせんの貼られているそれをパラパラとめくってみる。
「うわー、可愛い⋯⋯」
家族だから好みが似ているのか、ふせんの貼られているページのウエディングペーパーやプチギフトのデザインがどれも食べちゃいたくなるくらい可愛い。
食い入るようにそれを眺めていると、ママが庭から戻ってきた。
「あ、ママ!この雑誌なに?うち誰か結婚するの!?」
興味津津でママに聞くと、ママはちょっと驚いた顔をした。
「あなた何言ってるの。それ、スタンリー君が朝来て置いていったわよ」
「スタンリーが⋯⋯?」
なぜ?
思い返して、ハッと一つの可能性に気づいてしまった。
「スタンリー、本気だ⋯⋯。どうしよ、ウエディングプランナーはもういいのに⋯⋯」
仕事のできる男スタンリー・スナイダーは、昨日の私の「8割くらいは本気でウエディングプランナーになりたい」発言を本気で受け止めてしまったらしい。
どうしよう。確かにあのときは結婚式マジックで本当に8割くらいは本気でウエディングプランナーになりたかったけど、今は2割、いや、1割ちょっとくらいだ。今は朝ごはんのホットケーキがおいしかったからバター工場で働きたい。
「え、どうしよどうしよ⋯⋯!」
ちょっと大きなふせんには「どっちがいい?」とかのメモがときどき入っていて、スタンリーがしっかりこの雑誌を読み込んでいたことが分かる。これでウエディングプランナーになりたいって言い出した私が何もしなかったら、さすがにスタンリーも怒ってしまうだろう。
こういうときは、彼に相談するしかない。
「ってことがあってね、ウエディングプランナーはもういいかなってスタンリーにやんわり伝えるためにはどうすればいいと思う?ゼノ?科学でなんとかならない?」
「⋯⋯今すぐスタンリーに謝るべきだよ。いろいろと」
露骨に残念なものを見る目をしたゼノが、腕を組んでため息をつく。
「だってバターがおいしかったから」
「バターはどうでもいいんだよ。君の要領を得ない言語能力のせいでスタンに大きな誤解をさせてしまっている」
「うん。今はバター屋さんになりたいのに、スタンリーにウエディングプランナーになりたいって思われてる」
「もっと前提条件のところで、だ」
「⋯⋯バター屋さんじゃなくてハチミツ屋さんもいいなって思ってる」
そう言うと、ゼノが深いため息をついて演技みたいに頭を覆った。せっかく正直に言ったのに。
「いいかい?スタンが帰ってきたら、ウエディングプランナーになりたいと言ったが飽きてしまったと言って謝るんだ。分かったね?」
「やだよ!飽きたわけじゃないもん!」
「言うんだ」
顔が怖い。
ゼノみたいな目がパッチリしたかわいい系の顔立ちの人に凄まれると怖い。
「分かった、ゼノありがとう!私、ちゃんと謝る」
「そうしてくれ。なるべく早いうちに」
まだちょっと顔が怖いゼノに手を振って、おうちに帰る。
リビングにまだ置いてあるあの雑誌へ手を伸ばす。
「可愛いなあ。やっぱりウエディングプランナーも、いいよね⋯⋯」
ふせんのつけられたページを見ているうちに、またふつふつとウエディングプランナーになりたい病がこみ上げてくる。
「ここまでしてもらったし、やっぱり私もちゃんとウエディングプランナー目指そ!」
何をすればなれるか分からないけれど、きっとこのふせんの質問に答えられるようにすればシゴデキのスタンにも「やんじゃん。これでアンタも立派なウエディングプランナーだね」って褒めてもらえるはず!
「⋯⋯余計なことをせずに僕の言った通りにしているといいんだが⋯⋯していないんだろうな⋯⋯」
同じ頃、ゼノが自分の部屋でそんな風にぼやいていたことも、自分のバージンロードをせっせと敷く形になっていたことも、このときの私は知る由もなかった。